飯豊山周辺地図 YAHOO地図 国土地理院
- 登山日 1999年10月9日〜10日
- 移動
1999-10-08 移動
浜松自宅→浜松西IC→小牧JCT→直江津JCT→新潟JCT→西会津IC→川入→[御沢キャンプ場]
1999-10-09〜10 飯豊山
御沢キャンプ場→川入→会津坂下IC→新潟JCT→直江津JCT→小牧JCT→浜松西IC→浜松自宅
- 登山行程
[1999-10-09]
5:30 御沢キャンプ場(7:30)→三国岳展望所→地蔵山鞍部→(11:30)三国岳(12:00)→種蒔山→(13:30)切合小屋
[1999-10-10]
9:30 切合小屋(6:00)→(7:30)飯豊山(8:00)→御西岳→(10:00)大日岳(10:30)
→御西岳→(12:30)飯豊山→テント場(13:30)→三国山(14:30)→(16:30)御沢キャンプ場
- 詳細
[1999-10-09]
御沢キャンプ場登山口 ⇒
大滝遊歩道分岐を通過 ⇒
本格的な登りが始まる ⇒
尾根展望所に到着 ⇒
尾根からの三国岳 ⇒
種蒔山が見えだす ⇒
地蔵山のトラバース道 ⇒
三国岳への尾根道 ⇒
右手に種蒔山の岩壁 ⇒
三国岳への岩稜帯 ⇒
三国岳剣が峰にて ⇒
三国岳にて ⇒
三国岳からの飯豊山 ⇒
稜線で一休み ⇒
三国岳を振り返る ⇒
紅葉の稜線を行く ⇒
紅葉の稜線 ⇒
稜線を行く ⇒
種蒔山山頂にて ⇒
地蔵岳に続く尾根 ⇒
切合小屋キャンプ地 ⇒
浜松より徹夜で運転、多少道を間違えながら御沢キャンプ場に着く。
登山口駐車場には数台の車が停まっていた。このコースは登山者が少ないようである。
林道を少し歩くと大滝遊歩道との分岐の登山口に着く。ここから本格的な登山道が始まる。
樹林帯を登って行くと突然、三国岳が見渡せる尾根に出る。登って行くにしたがい種蒔山も見え出す。
地蔵山を捲いて鞍部に出ると三国山への岩稜帯の登りとなる。ここはひたすら登るのみ。
傾斜もきつく非常に長く感じる。先行していた登山者が見える。
三国岳は登って来た道を振り返るにはもってこいの場所で、満足感を得ることが出来る。
ここから稜線のアップダウンが始まる。景色を楽しみながら、数回のアップダウンで種蒔山に着く。
地蔵岳へのなだらかな稜線が印象的である。種蒔山の緩い斜面を下ると切合小屋キャンプ地である。
未だ早いのかテントを張っている人はいなかったが、夕方に近付くとテント場は賑やかくなる。
夕日を浴びる飯豊山、大日岳を見て明日の頑張りを誓う。
夜、空は満天の星。下界では見ることの出来ない星座であった。
[1999-10-10]
切合小屋の朝日 ⇒
飯豊山への稜線 ⇒
朝日を浴びる大日岳 ⇒
飯豊山への稜線 ⇒
稜線を行く ⇒
本山小屋へ ⇒
本山小屋から飯豊山へ ⇒
飯豊山にて ⇒
山頂からの朝日連峰 ⇒
山頂から大日岳への稜線 ⇒
御西岳からの北股岳 ⇒
稜線より三国岳 ⇒
御西岳より大日岳 ⇒
大日岳の登り ⇒
飯豊連峰最高峰大日岳にて ⇒
飯豊山へ向かう ⇒
飯豊山からの三国方面 ⇒
三国岳を下る ⇒
朝、雲海上に連なる山々は素晴しい景色であった。テントをそのままに朝日を浴びて出発する。
テント場から多少のアップダウンを経て本山小屋に着く。ここからかなりの登山者と出会う。
どこのルートからか定かでないが多くの人がこちらに泊まるようである。
本山小屋からなだらかな稜線を行けば飯豊山の山頂である。大勢の登山者が来ていた。
山頂は360℃の大パノラマ、人気のある所以がわかる。
我々は飯豊連峰の最高峰の大日岳に向かう。やはり最高峰に登っておかねば。
なだらかな稜線を御西岳に向かう。大日岳は見えており大きなアップダウンもないが意外と遠い。
稜線は2000mそこそこだが樹木などさえぎる物がなく、景観が歩く時間を忘れさせてくれる。
御西小屋を過ぎ一旦下って最後の登りにかかる。高度感の割りには時間がかからない。
誰も居ない静かな山頂は大パノラマである。飯豊連峰の核心部が全て見渡せる。
テントをタタミ下山開始。途中の種蒔山と三国岳の間の鞍部で古銭「寛永通宝」を拾う。
江戸時代の方がこの山を登っていたのか・・・当時の登山道は?さぞ大変だったろう。
拾った古銭「寛永通宝」はお宝として保管している。
三国岳からの下山途中で登ってくるカップルの外人さんに出会う。頃16時近く。
こんな時間に大丈夫? 挨拶をして下山するが、大丈夫だったのかな・・・
- 一言
飯豊連峰の大きさに感心、最高峰の大日岳にも登れ満足である。